皆様、こんにちは。デトックス花ですー

今回はいつもと趣向を変えて、小説の書き出しについてのお話です。

昔、私に国語を教えてくれていた先生は、
小説が読まれるかどうかは、タイトルと書き出しで決まる、とおっしゃっていました。
確かに書き出しが印象的だと読もうという気になりますものね。

そんなわけで、今回は私が印象に残っている書き出しに
ついてご紹介したいと思います(。・ω・)ノ゙

とても有名なものばかりなので、今さら何を言っている?
と読書家の方からは言われそうですが、どうぞお付き合いください

それではまず1冊目から。

『山椒魚は悲しんだ。彼は彼の棲家である岩屋から外に出てみよう
 としたのであるが、頭が出口につかえて外に出ることができなかったのである。
 今は最早、彼にとっては永遠の棲家である岩屋は、出入口のところがそんな
 に狭かった。そして、ほの暗かった。』

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こちらは井伏鱒二先生の『山椒魚』ですね。
山椒魚は悲しんだ、というのが短いですがとても印象に残ります。
(というか書き出しは短い方がリズムが良く印象に残りやすいものですが)
個人的には主人公が『山椒魚』である、というのがミソだと思っています。
山椒魚の容姿のグロテスクさと可愛さが、この物語の印象を深めているような
気がします。これが普通の魚だったら、そこまで印象に残らなかったのではないかな、と。
鱒は悲しんだ、とか。メダカは悲しんだ、とか。
山椒魚、という生物とその言葉の響きが、この小説の書き出しを印象深くしているような
気がするのですが、皆様はどう思われますでしょうか(・∀・)?

では次に行きましょう。

『春が二階から落ちてきた。私がそう言うと、聞いた相手は大抵、
 嫌な顔をする。気取った言い回しだと非難し、奇をてらった比喩だと
 勘違いをする。そうでなければ、「四季は突然空から降ってくるもの
 なんかじゃないよ」と哀れみの目で、教えてくれる。』

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こちらは伊坂幸太郎先生の『重力ピエロ』です。
春が二階から落ちてきた、ということの意味が読み進めていくと
分かるのですが、この『春』というのは季節の『春』ではないのです。
この『春』というものの正体を知らない私たちは、最初に季節の『春』を
頭に思い浮かべます。だから、この一文が非常に澄んだ印象を受けるのでは
ないかな、と思っています。


次次行きましょう。

『完璧な文章などといったものは存在しない。
 完璧な絶望が存在しないようにね。
 僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向ってそう言った。
 僕がその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、
 少なくともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。
 完璧な文章なんて存在しない、と。』

こちらは村上春樹先生の『風の歌を聴け』ですね。
言わずもがなに有名すぎる小説の書き出しです
(そしてこの本だけ自宅を探しても見つからなかったので画像がありません)
『完璧な文章』の類似として出されるのが『完璧な絶望』という言葉。
もうそれだけで、素敵やん、と私は思ってしまうのですが。
(全然伝わらない滾りポイント)
なんとなく寂しい印象を受ける書き出しなのですが、
完璧な絶望は存在しない、という前向きな言葉が光を当てている
ような気がして、個人的には好きなんですよねでへへ。


あと2、3冊ご紹介したかったのですが、
長くなってしまったので、次回に続かせていただきますたはー。

それでは今回はこの辺で。
ご清覧ありがとうございますー
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